【異邦人の庭】「本当に」死を考えたことがあるか|OrgofA(オルオブエー)WEB配信演劇 コラム

演者について

当然ながら、この作品は役者の手腕が占めるウェイトは実に大きい。
2人のみの演劇であり、常に気を抜ける場面がない状態だからだ。

しかも、BGMや照明の演出が最低限あるのみで、演技力が如実に出る
演者にとってはかなりタフな舞台であったと感じる。

特に設定が設定だ。あまりにも常軌を逸している極限状態の二人が、アクリル板ごしに交錯する。


その状況を小細工なしに演じ抜かなければならない。二人の表情、顔の動き、細かな唇の震え、視線の泳ぎ方、自然に聞こえる不自然な会話。どれをとっても役者の上手さ、凄さを強く感じた。

社会派作家:一春役の「明逸人」氏の、戸惑い、怯えるかのような表情や、目の動き、か細い言葉。死刑執行と離婚届を同時に突きつける意を決した顔や言葉。行き場のない感情。詰まり気味な言葉。どれをとっても、この『異邦人の庭』を作り上げている演技だった。

「俺は、最低だ」と自信を責める際も、決して大きなリアクションをする派手な演技ではなく、一人の男として等身大であり、自身の感情のコントロールが難しい状態であった。

しかし、ここで特筆すべきなのは”死刑囚の顔つき”だ。これにはかなり驚きを感じた。

死刑囚:火口詞葉役の「飛世早哉香」氏は、この舞台にすっぴんで挑んでいるとのこと。
当然ながら化粧を落とせば誰でもそんな顔になるというわけではない。

飛世氏は、最初に舞台に登場した時から「疲弊しきった」顔つきだった。

彼女の不安定さ、狂気が感じられたのだ。「死にたい」という言葉では、とても言い表せない、第三者からは想像もつかないような精神状態の中、何とか正気を保っているような表情は、静かながらも、鬼気迫る狂気のように思える。

時折、発せられる大きな怒声。そしてそのあと小さく震える体と腕には、確かに「不安定」を筆者は感じたのだ。そういう人物を目の当たりにして、筆者自身が体現したことのある、あの感覚は見事だったと思う。

演出家の町田誠也氏が、どこまでこの顔つきを意図したのかどうかは知る由もない。


少なくともこの顔つきがこの世界観を作り上げているということは間違いないだろう。

総評

あなたは、「死にたい」と考えたことがあるだろうか。

冒頭にも書いたが、筆者はある。
そして恐らく、大半の人は「YES」と答えるだろう。

そして大半の人間は「死にたい」という食傷気味な言葉に辟易しているだろう。
だが、あなたは本当に「死にたい」と思ったことはあるだろうか。

火口詞葉は、ほとんど記憶のない事件の犯人となり、言い逃れもできないほどに殺人の証拠を突き付けられ、真実を伝えても詐病を疑われ、事情すら知らない人間に死を望まれ、応援してくれているはずの支援者にすら、一種の道具として見なされている状況で殺人時の記憶は少し戻ってきている。


これは誰が見ても「死にたい」と言うには、うってつけな状況だ。

しかし、「私を殺してください」と伝えていたはずの彼女は、物語の終盤「ありのままを受け入れる」として、離婚届も春に渡したのだ。

彼女は死ぬのが怖いことを認めていた。

かすかに残る記憶では「死にたくない」ともがいていた女性の姿があった。

ここで共通しているのは、「気持ちは」は”死”へと向いていたとしても、「感情」は”生”へと向いているのだ。


そこには、救いを求める人間がいただけだ。

筆者は物語に結果を求める。回答を求める。結論を求める。とにかく制作者からの提示を求める。


とにかく白なのか黒なのかを欲す。この『異邦人の庭』にも同じく回答を求めた。

だが、この物語の顛末は描かれていない。


一春と火口詞葉は答えを出さなかった。この物語は不完全燃焼で幕を閉じる。

この先がどうなるのかは観劇者、視聴者に委ねられている。


本作の脚本家「刈馬カオス」氏は、この脚本の最後の一文を「そして、去った。」と締めくくっていた。


そう、ここで我々の中から登場人物の2人は去ったのだ。

我々に残っているのは「生きるとはなんなのか、死ぬとはなんなのか、罪とはなんなのか」という、使い古されて手垢にまみれた言葉だけだ。

しかし、『異邦人の庭』ではその手垢を洗い流し、新鮮な状態で我々に投げかけてきているように思える。非常に良い作品であった。

この物語はあまりにも残酷で、お互いに救われない話だ。
だからこそ、ここでは筆者なりの答えを出そうと思う。

生きる権利も死ぬ権利もある。それは間違いない事実だ。
だから自ら命を絶っていった者を咎める権利なんてないのだ。
それが人それぞれに与えられた権利だから。

だが、それでも。
それでも、我々は生きていくしかないのだ。
この世界に生まれてしまったから。

それが、どんなに過酷で理不尽でも。もがき苦しみながらも。這いつくばってでも。
この人間の世界に生まれてしまった以上は、ただひたすら生きていかなければならないのだ。

それが、筆者が火口詞葉に出した答えだ。
火口詞葉がアクリル板ごしにこの言葉を聞いたら、泣きながらも笑ってくれるだろうか。

(了)

【著者プロフィール】
翌檜(あすなろ)|AsunaroWorks

ライター。2021年からフリーへ転身。Webライティング、インタビュー記事、レビュー、プレスリリース、コラムなど、様々な文章の執筆する他、動画制作、HP制作、動画撮影など、活動の範囲を広げている。

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◇『異邦人の庭』冒頭映像
https://youtu.be/zH0JEKVIKPA

◆『異邦人の庭』全編視聴
https://peatix.com/event/1764361/vie

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